趣味で書いていた小説を書くのを止めたら
矢継ぎ早に仕事が入って来て
それを納品したらまたプロットを提出して。
本能で書くのを止めても
「何かを書く」行為は途切れない
有り難い。
趣味で書くのを止めてから
映画を3本観た。
「累」「ラプラスの魔女」「検察側の罪人」
全くジャンルの異なる3本。
ゆっくり映画を観るのは久しぶりで
アウトプットばかりしていた私の脳みそに
ゆっくりと時間をかけて内容が染み込んで行った。
いつからか視覚的なものだけを求めてるのは
多分、普段活字に向き合ってるからだろう
私は感覚的な図式を書けないので
全てを文章で表現する。
デザインは直感だけで
ここにこれを置こう、という薄ぼんやりとした脳内のイメージをなるべくディスプレイに再現するのだ。
強い感情に揺さぶられ
それを表現する時
私はTwitterやブログに言葉をばら撒く
書く行為で頭の中を整理するのだ
手書きだと上手く整理出来ないから
ひたすらに液晶をタップするか
キーボードを叩くのだ
中学の頃、ワープロを与えられてから
なぐり書きのノートはフロッピーディスクに姿を変えた。
スマホの無かった時代
私の電子辞書は脳内に浮かんだ架空の人物で電話帳が埋め尽くされていた。
私の思考はいつだって電子の海の中にある。
ボタン一つで消せる場所に置いておきたいからだろう。
いい事も嫌な事も、フィクションもノンフィクションも、全部。
いつでも放り出せる様に。
そして私は今日も、電子の海にこうして自分の言葉を流し込む。